カタリ。と、音がした。
机の上に置かれた天使の形をしたオルゴールを肘で突いてしまったのだ。
「だめじゃない」
雅子が笑いながら私を叱った。
天使のオルゴールは、私が父から貰った大切なものだった。
北海道に出張へ行った帰りに、私と雅子のようだと暖かい手を冷たくしながら嬉しそうに渡してきたのを覚えている。
私の天使はピンク色の花束を抱いている。
雅子の天使はクリーム色の花束を抱いている。
気味が悪いくらいに微笑みを湛えて、今にも飛び立たんと片足を浮かせた天使たちは、色違いの花束以外全てがお揃いだった。顔も、背丈も、服も、髪も、勿論、値段も。
私と雅子のようだった。
陶器で出来たそれは高いところから落としてしまえば簡単に割れてしまう。
だから、二つの勉強机の間に置かれた、二人兼用の小さなチェストの上に、大事に大事に飾られているのだ。
大好きな父から貰った、大切なオルゴールをふたつ。
「ねえ雅子」
「なあに」
「これ、私たちに似てるかしら」
似てるかしら。
私たちに。
「お父さんはそう言ってたけれど、どうかな。似てないよね」
雅子は笑った。天使のように。
ふわりと柔らかいショートカットの髪を揺らして、首を傾げて笑った。
その髪は私のものと似ている。だけど、雅子のもののほうが少し、柔らかい。
私と雅子は違う。すこうしだけ、違う。
父は、よく私と雅子に同じものをくれる。私たちも喜んで受け取るのだけれど、たまに私が笑わないことを、父も雅子もたぶん知らない。
すこうし違う。私と雅子。
天使のような雅子。私の姉。同じ顔をした、私の姉。
父は同じものをくれる。
だけど違う。私がほしいのは、それじゃない。
同じものでは、ないのだ。
ガシャン。と、音がした。
私が天使の形をしたオルゴールを二段ベッドの上から落としてしまったのだ。
ピンクの花束を抱いた天使だ。
雅子は丸い目を見開いて、今度は何も言わなかった。
たまに二人で、オルゴールをベッドに持ち入れてネジをまわすことはあった。
落とさないように慎重に、大切に、私はオルゴールを持っていたはずだった。
落とすわけがなかった。大好きな父から貰った、大切なオルゴール。
落とすわけがなかった。だってベッドには柵があるのだから。
陶器を割る大きな音と、ゼンマイが音楽をちりりと鳴らす虚しい音を聞いて、なんだか私の頭はすっきりと晴れている。
口角が上がり、喉の奥から鈍く笑いが漏れて、嗚呼だけど、なくなってしまったのだと気付いた途端、目からは止め処なく涙が溢れた。
落としてしまった。
微笑んだ天使の顔が割れていた。
2012'10'05