短編

衝動と君の影


目の前にいるこいつを絞め殺してやりたい。

大人しくあたしの下で仰向けになっているそいつは、いつもと変わらない表情だった。
首に手をかけられているというのにも関わらず顔色一つ変化しないのが逆にあたしを冷静にさせる。
いつの間にか乱れていた呼吸がだんだんと静まっていくのがわかった。


「…っは……」


思わず笑い声が漏れる。
天を仰いで、笑いを堪えたのだけれど。
弛めそうになった両手にきゅっと力を込めると、相手の首が絞まる感覚が直に伝わった。
下から微かに呻き声が聞こえたけど、聞こえないふりをして更に力を込める。
そいつの喉仏がごくんと鳴って、何かを訴えたいかのようにあたしの手は強く握られた。
握る力が、あたしのそれとは比べ物にならないくらい強くて、手を離す。
しばらくひゅーひゅーという音と、咳込む声を、聞いていた。

何処かで見たような顔が、口が、声が、手が足が目が髪が身体が。

胸が、ゆっくりと上下していた。

憎たらしくてたまらない。そして愛したい。
ぐるぐると回る思考とぐらぐら揺れる視界に酔う。


「破壊衝動、やめてくれない?」


あたしにとっては耳障りなその声が鼓膜を揺らしてくる。
むかし似たような声で愛を囁かれた。
似たような手があたしを触っていた。
似たような、


「俺とそいつは違うだろ」


あたしの思考を遮る声。
確かに違う。こいつとそいつは全然違う。
似てるけど違う人。
殺したいくらい憎い奴と殺したいくらい愛している奴は違うけど、とても似ている。
仕草も口癖も声質も似てて、出会った当時は相当な嫌悪感を抱いた筈なのに。
どうして好きになってしまったのだろう。
同じ衝動に駆られているはずなのに、今あたしが首を絞める理由はわからない。
そいつとこいつを重ね合わせているのか。ただこいつが愛しくてたまらないのか。
不気味なくらい静かなこの部屋さえ、あいつと同じなのだから。

大好きで大好きで大好きな目の前の男が私の頬に手を伸ばす。


「好きだよ」
「あたしも」
でもそれも昔聞いたことがあるの。

「キスしていい?」
「…嫌」
でもこの会話も昔したことがあるの。

「なんでだよ」
クスクス笑う。
でもこの光景も、昔見たことがあるの。


窓の外から、車の走り去る音が聞こえて消えて。


「…すきなのに」


貴方が好きなのに。
殺したくなるほどに愛しているのに。
殺すこともできないあやふやな今に押しつぶされそうだ。
毎回触れられる度に鳥肌と嬉しさが同時に沸き起こるのだ。
殺したい、と、愛したい、と、愛されたい、が混ざって、わけがわからなくなる。
私は貴方が好きなのか、遠くに行ってしまったあいつが好きなのか、それさえ、

わからなくて、目を閉じた。



2014'08'10
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