短編

子象と小鳥の小さな話


01

幼い象は歩いていた。
ずっとずっと歩いていた。
母親は何処にいるのかと、ただ探している。

象は自分を″かわいそうな子″だと思った。
自分は母親に見捨てられる、なんて孤独な子供なんだろう、と。
寂しくて泣きたくて。
「ああ、自分は本当にかわいそうだ」と、自分を嘆くことしかできない。

世間を知らない子象はただ生きたいと願ったのだった。


02

小鳥は空を見上げた。
小さな鳥にはどうする事もできないような、青い空。
ほかの鳥たちの美しい囀りを、何度聞いただろう。
ほかの鳥たちの素敵な翼が空を飛ぶのを、何度見ただろう。

自分だけが何故かある日、空を飛ぶことができなくなった。
馬鹿にされることにはもう慣れたけれど、生きていく為にある翼が使えない。
それは食べ物が食べられないということ。
友達が去ってゆくということ。

飛べない鳥は寂しい、と俯いた。
けれど悲しいとは思わなかった。


03

見捨てられた象は餌の取り方がわからない。
空腹で、なんだか歩くこともやめてしまいたくなった。

母という存在を求めた。
友達という可能性を探した。


04

小鳥はもう何も食べられなかった。
この小さな足だけでは食べられる物なんて知れているから。
それなら歌を歌いたいと思った。
もしもこの声が誰かに届いたら、と。
自分以外何も見えない草原で鳥は小さく囀った。


05

大きな耳がピクリと動く。
小さな声が聞こえた気がした。
寂しい歌声が聞こえた気がした。


06

小鳥は吃驚して歌をやめた。
なんでって、まさか本当に誰か来るとは思っていなかったから。
象も吃驚していた。
自分にまだこんなに走る力が残っているとは思わなかったから。
象が訊ねる。

「どうしてこんなところにいるの。」

だってそこは、あまりにも寂しい草原。
木も水もない寂しい草原。
でも不思議と温かい感触が、した。


07

小鳥が象に尋ねる。

「どうして君はひとりなの?」

昔、空を飛べた鳥は知っている。
象は集団で行動するものだということを。
だから何故だか怖くなった。
目の前にいる子象の瞳があまりにも悲しい色をしているから。

お互いが、お互いの質問に答えることはなかった。


08

「もうすぐ私は動かなくなるよ。」
「どうしてそうおもうの。」
「わかるんだよ。」

小鳥は象の無垢な質問に苦笑してしまう。
そして象もまた、小鳥の微妙な反応に困ってしまった。

さらさらと時間が過ぎた。

やがて静かに空が黒くなり、月が上がる頃に小鳥は象の足元で倒れた。
小鳥は目を閉じようとは、しない。


09

象は不思議と驚かなかった。
ただ、理解していた。

「キミはかなしくなかったの。」

象は足元に倒れている小鳥を鼻で触れながら聞く。
象は、ずっと悲しい。
立ち上がるのがみんなより遅かっただけ。
それだけで取り残されたことが寂しくて悲しい。

「悲しくないよ。寂しかったけれど。でも今は君がいるから寂しくもない。」
「ぼくはかなしいよ。さみしいし、くるしい。それに、つらい。」
「そうだね、でも君は私と違って進めるでしょう。ずっとずっと歩くといいよ。」

それだけ言って小鳥は目を閉じてしまった。


10

象は何も言わなかった。
進むと何かがあるのだろうか。
歩くと報いがくるのだろうか。

小鳥にもう一度だけ歌ってほしいとせがもうと思ったけれど、目を開けてくれそうにない。
生まれて初めて我侭を言いたいと思った。
我侭を小鳥に聞いてほしいと願った。
けれどもう遅くて、せめて小鳥にお礼を言いたい。
もう聞こえないであろう小鳥の耳に届くように、と。

子象は初めて泣いていた。
歌うことはできないから。
不思議と温かい、と感じた草原は今も温かい。

象にとっては目の前にあるそのすべてが、自分の世界のすべてで。
やっと自分の世界に入ってきてくれた者が消えてしまうのはあまりにも寂しかった。
そして子象は生まれて初めて″悲しい″と思えるようになったのだ。



2009'05'24
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