其処に貴方がいないことが自然すぎて、今はまるで現実が回転しているみたいにリアリティがない。
私が貴方に傍にいて貰おうなんて、そんな我侭を諦めたのはずっと前のことだ。
当たり前になっていたことがいきなり覆されると誰だって素直に喜ぶことなんてできない。
私もその一人だ。
「どうしたの?」
今現在、横でくつろいでいる貴方が私の顔を心配そうに覗き込んだとしても、それは変わらなかった。
だけどたぶん今のこの状況というのはかなり幸せなことであって、それを素直に受け入れられないのは贅沢なのだろうか。
恐らく、これ以上ないくらいの贅沢なのだろう。
私と横でくつろいでいるこの男が恋人同士かと言うとそうではなくて、友達かと聞かれても素直に頷けない。
つまり微妙なところなのだ。こいつがどう思っているのかはわからないけれど。
だけど近くにいてくれて嬉しいし、失いたくないと思う。
ずっと願ってきた「傍にいてほしい」が叶っているのにも関わらず気持ちがはっきりしないのは二人の微妙な間隔があるから。
私がずっと黙りこんでいると、気づけば目の前に貴方の顔があって唇がくっついていた。
瞬間、目を見開く私を貴方が笑う。
可笑しそうに、楽しげに笑っていた。
目を見開いたまま、まだ何も話さない私の唇に再度自分の唇を触れさせる貴方に、もう目を閉じていくしかなかった。
一回目よりも長い二回目が終わり、顔が離れると若干不機嫌そうな表情が、への字に曲がった口を動かす。
「ねえ、折角一緒にいるのに何も喋らないんだったらさ、声聞くまでやめないけど。」
しつこく言うが私とこいつは恋人なんかじゃあない。
だからこんなことする意味も私にはわからない。
「やめてよ。」
私の口から漏れるはっきりとした拒絶の言葉。
だけど貴方は知ってるの。私は迷っているとき必ず目を逸らして話をすること。
そんな微妙なズレとか、癖とかまでわかるくせに私と貴方はいつも見えない壁があるような気がして。
もしかしたら私は怖いだけなのかもしれない。
そしてたぶん、貴方も。だから二人とも無理に壊そうとはしないのだ。
しなかった筈なのに。
「ふうん。そうか。」
「…は。」
ポカンと馬鹿みたいに口を開けた、どうしようもない私の腕を掴む。
それは明らかに壁が崩壊していくような、崩れ落ちるような音がして、私は怖かった。
「待って。ちょっと待って!ねえ!」
深夜、ザーザーと降りしきる雨の中を裸足で歩いている私たちは間違いなく馬鹿だろう。
大股の貴方についていくことにも、裸足の足を傷つけないようにすることにもとにかく必死で。
いい加減こいつのやっていることがわからなくなった私は声を大にして雨に負けないよう怒鳴りつけていた。
聞こえてる筈なのに聞こえない、声。
悲しくて虚しくて寂しくて。
今まで届けようともしなかった声が届いたと思ったら今度はまた無視をする。
私を弄んで遊ぶことにこの人は飽きてくれないのだろうか。
結局落胆させるくらいなら、諦めた私をそのままにして欲しかった。
ここで泣いても貴方は振り向いてもくれないのでしょう。
しばらく進んでついたところは元の、私の家の中だった。
つまり私たちはわざわざ家を出て雨に濡れ、遠回りをしてまた家に戻ってきたのだ。
二人ともずぶ濡れで、見られたものじゃあない。
それをまるで目隠しするかのように貴方が私の体を抱きしめた。
「…結局あんたは何がしたかったの。」
「君といちゃいちゃしたかったし、君をずっとこうやって抱き締めたかった。」
わけのわからない返答に、「嘘ばっかり」と思う。
でも内心喜んでいる自分がいてすごく憎たらしい。
ポーカーフェイスを崩さない私がにやつく顔をこいつに見せるのは嫌だけれど、今なら顔なんて見えやしない。
「でもって、こうやって好きって伝えて、にやにやしてる君と寝たいなあって。」
「殴るよ。」
にやけ面が見破られたこととか変態発言を軽く受け流せてしまうところとか、悔しいことばかりだ。
おそらく私はこれからもこういうふうな関係を続けていくのだろうと直感で感じたのだけれど、
それもいいと思えたし、恋人なんて特別な形はいらないと思えた。
2009'06'18