短編

ことのは


夕日は窓から人のいない教室と私を赤く燃やした。
黒板には色とりどりのチョークが、生徒たちの思い思いの言葉を示す。
今日の卒業式で、私は泣かなかったことを後悔した。
泣きじゃくって、先生に言いたいことぶちまけて、友達に笑われたりもして。
そういうことをすれば、きっと私は中学校生活でやり残したことを何も思い出さずにいただろう。
ああ、卒業式に泣いたっけ。それだけがこの先の私の記憶に留まっていたことだろう。
鮮明に、煌びやかに。
美しい思い出を残して、後味の苦い思いもせずに済んで。
こんなふうに思いだしたように教室に戻ることなんてしなかっただろうに。
わざわざ忘れ物をしてしまった、などというベタな言い訳も使わずに済んだだろうに。

成績がどれだけよくたって、運動がどれだけできたって、友達がどれだけいたって。
なにも意味がなかった。それは中身の空っぽなお話。
三年間の中で私は何を得たことだろう。
空虚な思い出を閉まって、どうやってこれからを過ごそうとしていたと言うのか。
今となってはわからなくなってしまった。
黒板に描かれた絵も、言葉も、みんなの笑顔も。
私にとっては何処か他人事のような。
そこに私の言葉があるにも関わらず、それは私以外の言葉だった。

黄色や緑、ピンクや青。目立とうとした色は多様され、逆にシンプルな白が異彩を放つ。


「三年四組、みんなだいすき」



だってさ。

思わず笑ってしまった。今朝の自分は何を思ってこんな文章を書いたのだろう。
オレンジのチョークを使ったその言葉は、私らしくもない、精一杯の可愛げを出そうと奮闘した丸い文字。

満たしても満たしても、結局一番大事なものは、手に入れられなかったのだ。


教壇にコロリと転がっていた白いチョーク。
何気なく掴んだそれは、私の人差し指と親指で摘まむと先端が辛うじて出るくらいに小さく小さくなっていた。
改めて黒板を見返す。



白いチョークで、飾ろう。
言葉。



2011'03'29
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