眼鏡屋の前に置いてあるソレで計ってみた視力は両目0.2であった。
それを見たA子に母が「そんなに悪かったの」と苦笑する様が、とても嫌いだとA子は顔を顰めた。
恐らくこんな適当な装置であるから、自分の視力はきっともっと低いだろう、と考える。
大嫌いな人ごみの中をするすると通って駅に着き、準急の電車に乗って、
買ったばかりの本を開くともうそこには自分と目の前の本しか存在しないような気がしてとても楽だ。
ガタンゴトンと揺れる電車の振動も、すぐ隣にいる筈の母の気配が感じられないのも、心地よくて。
A子は俯きながら隠すことなく頬を緩めた。
次の日は、まだ夏休み中であるにも関わらず部活のためA子は学校へと赴いた。
久々に会う友達は何も変わっておらず、また自分も友達へ向ける笑顔が変わってなくて
A子は誰に向けるわけでもなく一人で苦笑するしかない。
いつもかけている眼鏡は多少度があわなくなっていたけれど、
かけていたほうが裸眼より鮮明に世界が映ることは確かだった。
B子も最近視力が悪くなっている、とA子に不満を漏らすとA子は頷いて眼鏡を薦めた。
だが、まあそんな会話でいきなり眼鏡をかけることになる筈もなく、会話は占められる。
「首って、簡単に折れちゃいそうだよね」
それは唐突な言葉であった。
思わずB子は「は?」と間抜けな声を出し、A子を向く。
A子は相変わらずの微笑をたたえたまま、俯いているだけ。
そのまま、また「骨さえ無ければいいのにねえ」と、まるで感嘆するかのように呟く。
そのあとぼそりと、邪魔なんだよ、と笑ったのをB子は見逃さなかった。
B子には不思議で仕方がなかった。どうしてA子はこんなことを言うのだろうと。
A子もB子のその意図がわかっているようで、本日はじめてB子のほうを見て苦笑した。
「首が、折りたいの?」
「いや別に」
「骨が嫌い?」
「そうじゃない」
「何が邪魔なの?」
そこまで聞かれたところでA子は押し黙る。B子も黙る。
A子は相変わらず唇は弧を描いたまま。
B子は唇を固く引き結んだまま。
蒸し暑い部屋の中にはまだ談笑する声が聞こえていて酷く五月蝿いなと、B子は眉を顰めた。
クーラーがつけられて、ブオンブオンという機械音が偉く心地良いなと、A子は笑みを深めた。
そこでA子は口を開く。
「視力、両目0.2だったの」
少しの沈黙のあと、B子は「へえ」と呟いた。
目の前にはB子と昨日遊んだ友人が携帯がどうのと騒いでいる。
A子はその友人を見つめたあとに、その横にいる数人の友達を見て、部屋全体を目だけでぐるりと見渡した。
そして最後に、B子を。
A子のレンズ越しの瞳は前髪に隠れていても、すごくわかりやすく動いた。
口は微笑んでいた。目は睨んでいた。
「見えにくいの」
「眼鏡あるのに?」
「そう、だからね、邪魔なんだよ」
眼鏡をはずして、自分のものより少し荒れている右手で、A子は目を覆う。
口だけが見えていた。そこに微笑みはもう、見えなかった。
がやがやとした周りの音も、耳に入らない。
A子は右手をそのままに、ゆっくりと左手を首に回していった。
「ね、左手のほうがね、力、入るんだって」
そう言ってA子は右手をはずして、目を細めた。
2009'08'17