短編

(I still believe you.)


「エルザが…迷走の森で、行方不明?」
「ああ。君と僕に救援要請だ。任務の一環だけどね、どうする?」


耳にした事実を信じ切れず、目を丸くした。
今借りてきたばかりの魔道書数冊が、自分の手から落ちる音がする。そんなことはどうでもいい。
思わず眩暈がした。心の奥のほうがズンと重くなったような気がする。胸が疼く。わなわなと、焦燥にも似た感覚がして、心臓をじくじくと触手に蝕まれているような感触がしていてもたってもいられない。しかし、実際足は震えるばかりで動こうとはしなかった。
フレデリックはいつものように笑みをたたえたまま俺を見つめ続ける。

数日前から、エルザは任務で隣国へと出向いていたのだ。
帰りが遅いのはいつものことで、幼馴染である俺からすれば慣れたことであり、当たり前のことだった。
どうせまた帰り道に魔法石を安くで売っている店を見つけて寄って行ったり、そこらへんの木に生えている木の実で合成薬品を作ろうと寄り道しているものだとばかり思っていた。

それがいつものあいつで、それをいつも叱るのが、俺だった。

ウールフォレスト――通称、迷走の森。
我が国と隣国の間に位置する魔の森。
ゴブリンやルガルのみならず、肉食植物が巣食う最悪の森だ。
足を踏み入れれば戻れないと言われている。だから任務でも滅多に行かないし、そもそも上級魔道士しか任されないSランク任務として扱われているから行くこともない。
だが好奇心旺盛なエルザは昔からいつも夢見るような口ぶりで語っていた。
いつか、あの森に行ってみたいと。


「…ほ、んとうなのか」


情けないくらい声が掠れる。
喉が渇いて、張り付いて、仕方なかった。


「多分ね。婆さんの幻視で視たから確かじゃないかな」


自分の足元をひたすらに見つめるしかなかった。瞬きができない。
毛穴からふつふつと嫌な汗が噴き出てくるのがわかる。
俺は――


「―――行かないのかい」


フレデリックは茶化す風でもなく、責めるわけでもなく、ただ単に質問を投げかけた。
ただ、口にしてみただけだというように。
はじめからそこに疑問符は含まれていなかった。


「あ、あ…おれ、は」
「僕は行くよ。別に自分の命が惜しくないわけじゃないけど、任務だしね。
ちなみにこの任務に関しては一応辞退OKだから行かなくても君は処分されないよ。よかったね」


目の前から足音が遠ざかる。
待ってくれ俺も行く。そう言いたいのに声が出ない。顔をあげられない。フレデリックの背中を見ることさえできない。
やがてその靴音が聞こえなくなるまで、俺はまったく動くことができなかった。


エルザの笑う顔を思い出す。

『俺はいろんな世界が見たい!そんでコーザ、お前着いてこいよな!』
『あー…?やだよ、お前危なっかしいとこばっか行くじゃん』
『それが楽しいんだろうが!あ、じゃー女々しいコーザくんはこれから俺が助けるから』
『はあ!?わーかったよ!俺だってバーンとかっこよくお前助けてみせるからな!』


俺たちお互い危険になったら助けるって約束しよう!






「…えるざ」

エルザ。
エルザ。


「っ…ごめん」


弱虫で、泣き虫で、怖がりで、女々しくて。

大切なお前が今、このときにも死にそうになっているかもしれないのに。
何があっても俺たちは助け合えるって信じていた。
助けると約束した。
それなのに我が身の可愛さで、動くことさえできない。

ごめん。



2011'03'29
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