ふ、と目が覚めた。
暗い視界が徐々に冴え、目が慣れて天井が見えた頃には頭もはっきりしてしまった。
とても眠る気にはなれないな、と起きてすぐ再び目を閉じなかったことに後悔する。
枕元に置いてある目覚まし時計の音がやたら頭に響いて余計眠れる気がしない。
引っ掴んで、なかなかまわらない頭で針の位置を確認して、少々荒い動作で元に戻す。
夜中の三時。早く二度寝しないと朝起きられなくなるかもしれない。
理解はしているのに、一向に眠くなる気配はなかった。
首を左に回すと、隣の布団で彼が寝ている。いつものこと。
彼はいびきをかかない。寝相も悪くない。
それが私を不安にさせる。
頭を上げ上体を起こし、布団から這い出て彼に近づく。するとやっと胸が上下しているのが確認できてほっとした。
私は不安になる。いつも横にいてくれる彼がいつのまにかいなくなってしまうのではないかと。
私が夢を見ている間に、私を置いて行ってしまうんじゃないか。
呼吸を止めてしまうのではないか。
どんな形であれ、彼が離れて行ってしまうことが何よりも怖いのだ。
根拠のない不安。だけどそれが一番怖い。
彼の体温は普通よりも冷たい。今この時も、頬に指を這わせてみるが、寝てるとは思えないくらいひんやりとしている。
私のなかで、何かが疼く。
怖い。怖い。怖い。怖い。
「おいていかないで…」
思わず手を掴みそうになる。けれどそれはきっと彼を起こしてしまうだろうから、やめた。
畳の上で拳をぎゅっと握り、耐えた。
泣いてはいけない。声を出してはいけない。縋ってはいけない。
これは私の勝手な妄想。きっと彼は傍にいてくれる。それを私はちゃんと理解している。
それでも。
考えずにはいられないのだ。
時折襲うこの不安を知れば、彼は私をどう思うのだろう。
知られたくない。離れてしまうかもしれない。
「っふ」
力をこめて。両手で。口を、塞ぐ。
馬鹿みたいに漏れた声を、これ以上漏らさないように。
ぎゅうっと強く、目を瞑る。
零れる涙が早くおさまってくれるように。
動くことができなかった。
この場から私は、動けなかった。
「うぁ…ぅう…」
くぐもった声が響いて、彼の瞼がぴくりと動く。
反射的に身を強張らせた。だがそれ以上目立った反応はない。
そう、気づかないで。
馬鹿みたいに泣く私に。
貴方を信頼できない私に。
肩の力を抜いた、刹那。
開く、見える、黒。
伸ばす、手、に。
触れた、指、が、腕に。
埃が舞って、身体がふわりと包まれて布団に引きずり込まれて。
私は彼の腕の中にいた。
右手が彼の鼓動を伝える。
「心配性め」
頭上から響く、私よりも低い声。
頭を撫でる、私よりも大きな手。
撫でていた手が軽く跳ねて、私の頭を叩く。
それからまた撫で続ける。
さっきまでごちゃごちゃだった私が、落ち着いていた。
安心して、不安とは違う感情がまた涙腺を緩めてくる。
ゆるゆる揺れる視界は定まらなくて、彼の顔が見えないじゃないか。
どうしてこんなに私は泣いているんだろう。
しゃくりをあげて、声を出して、どうして彼の前で泣いているのか。
嗚呼、彼が起きてしまっているというのに。不安は溶けてしまった。
撫でる手は優しい。彼は密着すれば十分に温かい。
心臓の動く音が聞こえる。
彼にも聞こえているだろうか。私の生きる音が。
2011'01'16